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朝の大切さ/住職日記

青岸寺客殿から

皆さんお元気ですか。滋賀県では新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されました。長い自粛期間でしたから一安心、と思った方も多いかと思います。

ここで注意したいのは、あくまでも緩和しただけであって、引き続き気を引き締めてかねば、第二波の感染爆発も起こりえます。自分にウイルスが媒介していると思って、外出する際も十分気を付けて移動しましょう。

さて、今回のテーマは「朝の大切さ」。

住職!あたりまえやないかい、と言われそうですが、本当に朝は大切ですよっというお話です。。

ここで私が修行時代に安居していた横浜市鶴見区にある曹洞宗大本山總持寺の朝の修行僧たちの日常を説明いたします。

修行僧たちは朝4時~5時(季節によって差異あり)に僧堂というところで起床いたします。

「起きて半畳、寝て一畳」という言葉がありますが、文字通り修行僧は一畳の単(スペース)で寝て、起きたらその単(スペース)で坐禅や食事をいたします。

振鈴という(大きい鈴のようなものを振って修行僧たちを起こす)目覚まし係が通りすぎると同時に布団を専用の収容スペースに片づけたら、東司(便所)に赴き、洗面等を済ませ、法衣に着替えます。着替えたのち、自分の単にて坐禅をいたします。

起きてから坐禅するまで僅か10分から15分。そして朝の坐禅を40分坐り、そののち僧堂から移動して朝のお勤めを1時間程いたします。終わって朝の食事(小食飯台)を僧堂に戻りいただき、引き続き朝の作務(掃除)になります。ここまでがの行程が終了して7時頃です。これが大体の朝の修行僧のルーティンになります。

このような朝の生活を365日休みなく続きます。修行僧の平均修行期間は約2年間ぐらいです。そして基本的には外出もせず、本山にて修行の日々になります。

いわば、今のコロナ時代で言えば自粛のプロ集団かもしれません。(只、三密ではあります(笑))

この生活を続けている修行僧たちはさぞ、ストレスが溜まって大変だろうと思う方がいるかもしれません。確かに最初の100日は環境の変化に順応するのにストレスを抱える事もあります(一日の過密修行、食事の変化、古参和尚の指導等)。

ある時から徐々に体と頭に変化がでてきます(個人差はありますが)頭が冴えて、自身の身体の変調や心のありように敏感になり洗練されてくる感覚になります。今思えば、私も修業時代の方が心も体も安定している事に気づきます。

現代の価値観でいえば窮屈で閉鎖的で退屈で面白みがなさそうな修行僧の生活ですが、自由が多いはずの娑婆(仏教用語)世界での生活の方が、よっぽど身体の調子は優れません。

ここで考察すると、朝の重要性に着眼いたします。普通は朝ぐらいはゆっくりしたいものですよね。

ゆっくりとは真逆の修行僧の朝に何か答えがありそうな気がいたします。一つには朝起きて考える間もなく起きて~坐禅まで行動する事。そして坐禅の時間。朝のお勤めの時間。作務の時間。これらが脳や心、身体によい働きかけをしているのです。

人間は朝の思考によって、一日の調子が決まってしまうのは科学的に証明されています。

また坐禅の際に、瞑想状態になる事で、使っている脳を活動状態(矛盾しているようですが実は人はぼーとしている時の方が脳を活性化している状態になります)にして脳の情報を整理整頓しています。また、自身の現在の思考状態が明確にでてくる為、複数のストレスに対して対応できる状態になります。

そして日常のルーティンを繰り返すことで心身共に整えていたわけです。こうしてみると修行僧の生活は理にかなっているように思えます。

私の体感的経験では朝はきびきび動く時間とのんびり時間を上手に組み合わせる事によって効果がありそうです。

例:朝起きたら洗面をし、坐禅、もしくは瞑想(ヨガ)を実践し、散歩など体を動かして食事をいただく。

朝を制する者は世界を制す。とは言いすぎかもしれませんが、世界の並み居る経営者や起業家は朝から活動的で瞑想やランニングを取り入れているのは有名な話です。

是非、朝活。なんでもいいのでチャレンジしてみましょう。そして継続してみましょう。特に坐禅や瞑想を本当におススメですよ。

本日は私が修行時代の修行僧の生活からヒントを探してお話をさせていただきました。まとまらない話でいつも申し訳ありません。

住職 永島 匡宏 合掌

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