拝観者ノート(平成29年度分)

拝観者ノート

青岸寺には拝観者の方が感想を書いていただけるように「拝観者ノート」が置かれて、誰でも記帳できるようになっています。

その内容をみてお寺の参考にさせていただいたり、時にはお寺管理のモチベーションにもつながったりしており、個人的には、とても好きなノートでございます。これから少しづつ素敵な内容につきましては氏名をださずに、一部紹介させていただきます。

平成29年度から抜粋して今回はご紹介いたしますね。

平成29年1月2日 kさん

「美しいお庭のおかげで、今年も頑張れそうです。いつもありがとうございます。」

住職:一年の始まりにこの青岸寺を選んで、しかもそれを励みにしていただいているなん  て、本当に嬉しいです。管理者冥利につきます。こちらこそいつも有難うございます。

平成29年2月26日 大阪 Yさん

「庭は石組が燃え上がる炎のよう、井戸、水を貯えた深い池、水の世界、火と水の世界で佛活表現されていました。素晴らしい手入れされていて感動しました。」

住職:素晴らしい表現で庭園をあらわしていただきました。この庭園の本質をついていると思います。

平成29年6月14日 拝観者2名 

「今年も元気に参拝させて頂き幸せです。」

住職:日々是好日!元気が一番です、来年も元気に来山くださいね。

平成29年6月23日 中国黒龍江省から来山

「出張でこちらへ来て、仕事の合間に伺いました。静かに心休まる時間がすごせました。ありがとうございました。」

住職:中国ですか~!遠くから参拝いただき有難うございます。日頃、きっとお仕事大変なんでしょうね。少しでも仕事の疲れが癒されましたら幸いです。

平成29年7月16日 H夫妻

「ふるさとのすばらしさを再発見いたしました。」

住職:一期一会ですね。こちらこそ青岸寺を見つけていただき有難うございます。米原市でもまだ知らない方が多いと思いますので、沢山の方に来ていただけるように頑張ります。

こんなご意見も・・・

平成29年9月吉日 熊本県の方

「もっと宣伝した方がよいのでは、私も初めて拝見させていただきましたが、あまりに立派なのに驚いているのと、同時に名前を初めて知ったので宣伝不足だと感じました。」

住職:厳しいご意見のようですが、ある意味最上級のお褒めの言葉でもあります。住職として、これからより多くの方に認知していただけるよう精進してまいります。

他にも沢山素晴らしい感想を頂きました。本当に感謝です。名勝庭園を青岸寺のような寺院がもつのは非常に大変な管理がいりますが、多くの関係者、協力者のもと、この庭園を維持、管理しております。少しでも多くの方に青岸寺を知っていただき、拝観していただくことで、より素敵な寺院になるよう精進いたします。

これからも青岸寺には拝観者ノートを置いています。横には俳句・短歌・詩の記帳ノートも置かしていただいています。ご気軽にご記帳下さい。

俳句・短歌・詩などの記帳に

住職 永島 匡宏 合掌

 

 

井伊家ゆかりのふく福めぐり

ひこにゃんが可愛い御朱印長

現在、全国で御朱印が一部で流行しています。青岸寺でも近年どんどん増加している印象があります。老若男女とはずお寺に興味をもっていただくことは大変有り難いことです。

青岸寺は彦根藩主井伊直澄公のご加護をうけて繁栄した由縁がございます。そこで、彦根観光協会様と連携して「井伊家ゆかりの社寺部会」として活動しております。現在16の宗教、宗派問わず、協力しています。

その一環として、「井伊家ゆかりのふく福めぐり」の御朱印集めの寺院として青岸寺も参加させていただいています。また、5月1日~5月20日までは「井伊家ゆかりの神様・ほとけ様十六巡り」などのイベントがありました。他にも様々なイベントを開催しています。

なお、巡っていただける社寺は、大師寺・千代神社・済福寺・宗安寺・北野神社・埋木舎・滋賀縣護国神社・長寿院・龍潭寺・多賀大社・慈眼寺・青岸寺・圓常寺・西明寺・金剛輪寺・百済寺の十六社寺です。

御朱印はもともとは、寺院に写経を納めた証拠に、住職より印を授かったのが由来です。ですので、写経はともかく、寺院だったらご本尊様に、神社ならその氏神様にしっかりご挨拶するのが礼儀になるかと思います。

御朱印をせっかくいただきに来られるならば、折角のご縁です。社寺の歴史や文化などにもふれられたら、各所の管理者も嬉しく思うはずです。

後は社寺によってルールがあります。「他のお寺さんでは・・・」とか、「神社さんでは・・・」など違いがあるかもしれませんが、それぞれ必ずルールを守って参詣できたら良いですね。

裏面になります。

夏季限定の精進料理です。

夏の精進料理

青岸寺の精進料理、夏季限定メニューです。四季の移ろいと併せ、旬の食材等をふんだんに使ったお料理内容となっています。ご要望があればお寺や庭園の説明、また食事の前には住職がご一緒に「五観の偈」をお唱えさせていただいております。

庭園を愛でながら、ゆったりとした雰囲気の中で、「お寺の食事」を楽しんで頂ければ幸いです。

NHK文化センターと重森先生

NHK文化センターの受講生11名と講師の重森千青先生が講義の場所として青岸寺に拝観に来山下さいました。まず、住職の私が簡単に寺院の説明をいたしました。

その後、庭園の説明を重森先生にご講義していただきました。重森先生は日本庭園研究者の先駆けともいえる、重森三玲さんのお孫さんにあたります。実は青岸寺は重森三玲さんの働きかけで昭和9年に国指定の名勝庭園に認定されたご縁があります。他にも重森家とは度々ご縁をいただいています。

重森千青先生のご講義は非常にわかりやすく、青岸庭園の特徴・様式などを他の庭園の例を交えながらご説明してくれました。庭園の楽しみ方がより味わい深くなるお話ばかりで、私も大いに勉強させていただきました。受講生の皆様も庭園の理解がある方ばかりなので、管理者冥利につきる鑑賞をしていただきました。重森先生からもお褒めの言葉をいただき、より一層青岸寺庭園を保持、管理、さらに発展できるように精進しようと思えることができました。本当に有難うございました。

帰り際に皆様と記念撮影。

右端下の段2番目が重森先生。一番左が拙僧となぜか娘(笑)

青岸寺 住職 永島 匡宏 合掌

青岸寺の重軽石

 

不思議な石、「おもかる石」とは

元々の起源は謎ですが、恐らく石占いが発祥ではないかと思われます。石占いとは、神社や寺院に置かれている特定の石を持ち上げて、その時に重く感じるか軽く感じるかどうかで運や吉凶、願い事の成就を占うものです。全国各地で、「おもかるさん」・「おもかる石」・「阿保賢さん」・「おもかる地蔵」・「力石」など様々な名称で親しまれています。

青岸寺「親子おもかる石」由来

小さい石と一回り大きい石が、昔から青岸寺にておまつりさせていただいているおもかる石です。大きいおもかる石は、元々は米原の佛道寺前の延命地蔵尊と共に小堂にて祀られていましたが、米原区の過疎化に伴い、後継が難しくなり、地区の要請で青岸寺にてお預かりさせていただく事になりました。地域でも長い間愛されてきたおもかる石で、現在は親子おもかる石として安置しています。大きい石がお父さん石、真ん中の石がお母さん石、小さい石が子供石です。

 

おもかる石の作法

持つ前に合掌礼拝(一礼)しましょう。その後合掌したまま願いを念じます。念じたまま、ゆっくり合掌を解き、おもかる石を持ち上げましょう。軽く感じれば願いが叶う日が近いかもしれません。重く感じれば願いが叶うのは、まだ先かもしれません。結果はどうあれ、最後もしっかり合掌礼拝してお礼をしましょう。

※男性は大きい石・女性は真ん中の石・子供は小さい石を持ちましょう。

 家族で家庭円満を願い、そろって持ったらその家は幸せが訪れるかも?しれませんね

 

庭園に水がはりました。

梅雨の時期ですし、しばらくは池泉庭園を楽しめると思います。美しい苔と水の調和を楽しんでいただけます。

 

拝観パネル②

完成した拝観用パネルを設置しました。これでより、拝観を楽しんでいただけると思います。多くの方にお寺にきていただく事で、よりお寺が身近に感じられるよう思案していますので、お気軽にお越しください。

鏑木梅渓の襖絵

親子重軽石

降井戸式の蹲

和洋折衷の灯籠

石徳五訓

住職 永島 匡宏 合掌

 

 

拝観用パネルが完成しました。

青岸寺の拝観用パネルが完成しました。4月から青岸寺関係の書類を読み、少しずつ進めてきました。原本が完成後、米原市教育委員会に依頼し、ご厚意でパネルを作成していただきました。

拝観用パネル

常日頃からすべての拝観者の方にご説明できれば一番良いのですが、檀務や所用で中々対応できないのが実情です。パネルを拝見していただき、少しでも青岸寺を理解し、拝観していただければ幸いです。

本当は英語、中国語・韓国語なども記入できれば一番良いのですが、なかなかそこまで手がまわりません。翻訳等、ご厚意で協力していただける方がいらしたら、ご連絡下さい。

観光寺院として少しでも多くの方に参拝していただき、米原市の文化交流としての発信の場として貢献していこうと思います。

パネル製作をして下さった、米原市のご協力に感謝申し上げます。

住職 永島 匡宏 合掌

写経のすすめ

【明治の三筆、日下部鳴鶴由縁の寺院で写経しませんか】

皆様は写経をご存知ですか。写経とは仏教において経典(お経)を書き写すことです。日本に仏教が伝来すると、仏法を広める為、または寺院で僧侶たちが修行・講義・研究する為に写経が広がりました。その後、写経の行為そのものに功徳があると、説かれるようになり、平安時代以降になると、個人的な祈願成就の為に写経を納めるなど一般的なものとなりました。また、現在では書道の練習の為に「般若心経」を書き写すなど、目的も多様化しています。

 それだけ日本人にとって身近な写経。もちろん、書く練習にもなりますが、写経のする行為は正に仏道修行であり、禅の修行にもなります。多くの現代人は、日頃から仕事や様々な事に追われています。不安や悩みに振り回される生活が続くと、余裕がなくなり、自己中心的で利己的な考えになりがちです。そして精神のバランスが乱れ、どんどん悪循環に陥るものです。そこで、こういった日々の煩わしさから一時でも離れ、自分を取り戻す時間を作る事が大切になってきます。まさに写経は悪循環の世界から切り離し、本来の自分を取り戻す仏道修行なのです。

曹洞宗(禅宗)では坐禅を教義の根幹に据えています。坐禅をする際は、まず身を調えます。次に呼吸を調え、最後に心を調えます。これを調身・調息・調心といいます。この坐禅の真髄同様に、写経でも姿勢を正し、呼吸を安定させ、心を落ち着かせます。そして、一字一字、丁寧に心を込めて、経典を書き写していきます。一字書き写す度に、自己の仏性(良い心)が働き、本来の自分を取り戻す事ができるはずです。そして自身の願いや誓いを写経に収め、寺院に納経いたします。

字の上手い下手は全く関係ありません。大切なのは一字一字、丁寧に心を込めて書き写す事です。

名勝庭園を背にしながら静寂な空間で是非、写経を体験してみて下さい。

また、青岸寺は日下部鳴鶴と由縁のある寺院です。鳴鶴も愛でたこの場所で写経と納経を体験して下さい。

詳しくはホームページ「写経」にて掲載していますのでご確認の上、お越し下さい。お待ちしております。

 

 

                    

青岸寺と日下部鳴鶴

日下部 鳴鶴とは

天保9年8月18日(1838年10月6日)誕生―大正11年(1922年1月27日)死去

元彦根藩士、日本の書家・詩人。本名は東作。字は子暘。別号に東嶼・翠雨・野鶴・老鶴・鶴叟などがある。

中村悟竹、巌谷一六と並び「明治の三筆」と呼ばれる近代書道の確立者の一人である。

業 績

中国、特に六朝書の影響を受けた力強い筆跡が特徴であり、それまでの和様から唐様に日本の書法の基準を作り変えた。加えて、数多くの弟子を育成、現在でも彼の流派を受け継ぐ書道家は極めて多い。芸術家としても教育者としても多大な功績をあげたことを称えて、「日本近代書道の父」と表されている。

鳴鶴の流派は鶴門と呼ばれ、その門下生は3000人を数えたとも言われ、現在も全国に300基以上の碑が残されている。中でも大久保公(大久保利通)神道碑は鳴鶴の最高傑作と言われている。

主な門弟:井原雲涯・丹羽海鶴・岩田鶴皐・近藤雪竹・比田井天来・渡辺沙鴎・黒崎研堂・田代秋鶴・山本竟山など

青岸寺との関係

日下部鳴鶴の墓は東京の豪徳寺にあるが、鳴鶴以前の彦根藩日下部家までは菩提寺であった。その為、鳴鶴も青岸寺に何度か足を運び墓参に訪れている。その時、揮毫された作品が何点か青岸寺に残され護持されている。

 

 上記説明の通り、青岸寺には日下部鳴鶴の作品も何点もあり、展示しています。誰でも拝見できますので、書に興味がある方、日下部鳴鶴について興味がある方は是非、拝観にてご覧ください。また、写経なども体験できますので、鳴鶴に由縁のある古寺にて納経されたい方もお待ちしております。